犬と猫と畑のある暮らし

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命の叫び声が聞こえますか?

原発のことや被曝について言葉を発することが
なにか『左翼や右翼、あるいは政治的なこと、あるいは宗教?』などという
イメージをを持っている人がいる。

なぜか。。。

おそらく、そういう人々にとって、この問題について考えることが
つまり「非日常」または「非常識なこと」だから。

本当にそうだろうか。


たとえば私は、介護・看護に関わる仕事をしている。

そんな私が、今、この日本で起きている原発事故や被曝に関して危機感をもち、
それに対して仕事の中でも出来る限り防御をしていくことは、おかしいことなのか。

医療や福祉に、被曝の問題が無関係なのか。

暮らしを脅かしている被曝を、なんとか避けようとする行為は「非常識」なのか。

本来ならば、医師をはじめ、医療・福祉に関わる人間こそが、この問題に向き合い、
真剣に取り組むべきなのではないのか。

「命」と向き合う仕事だからこそ、目をそむけてはいけないのではないのか。

食卓に並ぶ食材のひとつひとつ、ご利用者様が口にする食材ひとつひとつ、
スタッフが口にする食材ひとつひとつ、吟味することは、当たり前ではないのか。

さらには、同じ日本で、未だ汚染エリアから逃げることも出来ずに
日々被曝を強いられている人々に対して出来る限り手を差し伸べること、
その苦しみや不安に寄り添い、その悲しみを想像し、理解し、
できることはないかと考えることは、人として当たり前のことではないのか。


そういうことが出来ずしての「いい仕事」とはなんなのか。

介護とは、「暮らしを支えること。受け継ぐこと。伝えていくこと」だ。

では、「暮らし支える」とは、なにを支えるのか。

「受け継ぐ」とは、なにを受け継ぐのか。

「伝えていく」とは、何を、誰に伝えていくのか。

じゃあ、ご利用者様の「ケアプランを立てる」とは、一体なんなのか。

人間一人のプランを立てる。

この、おこがましいとも言える行為を、どのような気持でやらせてもらえばいいのか。


考えてみてほしい。


もしも、排泄・食事・入浴が介護だと思っている人がいるならば、出直した方がいいな。


命と向き合うとはなにか、考えた方がいい。


人一人が生きてきた時代背景、歴史、文化、哲学、思想、暮らし、

そのすべてが欠けてはならないということ、考えてみたらいい。

そして、今、現実に起きていることを、考えてみたらいい。



そして、あなたは、なにに寄り添い、どこを目指しているのか。

あなた自身の生き方は、どこを向いているのか。

あなたが守りたいものがなんなのか。


本当に、一人の人間に寄り添おうとしているのか。

それは、単なる自己満足ではないのか。


どうか、胸に手を当てて、本当の自分の心に耳を傾けてみてください。

誰かの、本当の心に、耳を傾けてみてください。


日本中のあちこちで、もうすぐ命の灯が消えようとしています。

小さな命も、年老いた命も、虫も、鳥も、魚も、動物も、土も、水も、

みんな叫んでいますよ。


あなたには、その声が、聞こえますか?届いていますか?



私には、聞こえてくるのですよ。


未来の子供達の叫びも、

これまでの日本を築いてきた人たちの叫びも、

自然界に生きる命たちの叫びも、

その、悲しみに満ちた声が、叫びとなって、聞こえてくるのです。


あなたは、どうですか?




















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